父の日に 父のオムツを買って届ける

現在は療養型病院の空き待ちで

急性期の病院から紹介された病院にいる父である

 

オムツ持込可なので、実費の方が負担が少ない

(それでもだいたい12000~15000円/月)

ので、アマゾンや近くのドラッグストアーで

オムツを購入し届ける節約屋のわたしです。

 

もう少しで、この病院を出なければいけない

のが気がかりである。

 

 

 

来し方

自分用まとめ(2017年現在・父86才母87才)

2011  両親が引越しをする。

    同じ町内で、500メートルも離れていない場所。
    48年ぶりという引越しである。
   (この引越しは5~6年前から決まっていたこと。)

   引越しの手配は、父がしたが心もとない。小学生みたいなかんじである。(調子の良い時は6年生、悪い時は1年生みたいと感じる)

2012年 引越し後、両親ともに少しおかしい。
   

2012年 8月初め、外で倒れた父が救急車で搬送される。
    この時は、CTを撮って帰される。

    (私が心配するという理由で隠していた)

    その2週間後
    8月父が深夜、再び倒れ救急車で搬送される。T病院へ
(この時母が119番できたが、その後父の病状を説明しても、興味を示さない。他人事のようである)

 父は硬膜下血腫だといわれる。その後、誤嚥性肺炎で、硬膜下血腫の手術前に一度危ないといわれる状態になる。

 硬膜下血腫の手術は成功する。しかし、せん妄なのか?

 認知症の症状が現われはじめる。(T病院にほぼ2ヶ月いた)

父は10月に回復期リハビリ病院(S病院系・KR病院に転院。)

この時の主治医に、ふらつきや、幻視、急に固まる(意識がなくなること)などから、レビー小体型認知症では?と言われる。

2012年 8月9月から、母は無気力になり、寝てばかりになる。

    父が家にいないことで、気が抜けたのだろう。
    転んだことで、外出先で、よその人に保護される。
    10月 母が外で倒れ、救急車でY会病院に搬送される。
    大事にはいたらなかった。
    母も(かかりつけ医院がなかったため)整形外科で意見書を書いてもらい、介護認定を申請する。(結果要介護1)。
 ただデイサービスにも、行きたくないと言われ、家で寝てばかりいる母に、おかずやごはん、冷凍うどんなどを運ぶ。

料理は火を通す、お湯を沸かすなどはできるようだった。

この間も、父のリハビリ病院の夕食時、毎日通う。

(母にリハビリ病院に行くようにたのむが、風呂に入ってないので連れ出す事をあきらめる)


父もリハビリ病院で意見書を書いてもらい、介護認定を申請する(要介護5)

2013年2月 父特養に入所できる。
     (それまで8月~2月まで、病院にほぼ毎日私は通った)
   2月下旬 母をやっと神経内科に連れて行く。
       アルツハイマー認知症・中期だと言われる。

2013年3月 母がアルツハイマーの薬を重ねて飲んだ?か
     キレて、私が怒鳴ってしまう。感情が爆発した。

     もう、だめだと思い、包括センターにかけこんで、
     自分が怒鳴ってしまった事、困っている事を言う。

     デイサービスも、ヘルパーも利用できないでいる、
     すべてすすめてくれそうな、近くのケアマネを
     選んですぐに来てもらって欲しいと、頼む。

 

 ここまで。。。とりあえず、Part 1

介護も半分過ぎた と思ったら~

介護も半分以上は過ぎた って

思ったら、実は、大詰めに来ていた。

父はこの半年で

誤嚥性肺炎と思われる症状で、3回入院した。

母も、風邪をこじらせて、誤嚥性肺炎で一度入院した。

これは、もう、ほぼ大詰めに来ているということではないだろうか?

感情的なことはあまり書きたくないが

ちょっと泣けてきている。

元気になれたら

インドにまた行きたいです。

 

  Rajasthan .. India

撮影者 Nick Kenrick

誕生日

実は誕生日に一番におめでとうと言ってくれたのは、Google 先生でした。

アルツハイマー認知症

母は、父に比べて、病院運が良くなかった。

大きな病気は、若い頃に罹患した肺結核だけだった。

しかし、初めて脳出血を起こし救急車で搬送された時(2014.2月)は

家から、1時間近くかかる病院に運ばれた。

病院自体は良い病院だったが、発症しているアルツハイマー認知症と相まって、歩ける、車椅子から立ち上がる・・・・

という、要介護3の一番困った患者となってしまった。

私は、この頃が一番苦しかった。

母がアルツハイマー認知症・中期と診断されました

2月終わり頃、満を持して、脳神経内科に母を連れて行くと

アルツハイマー認知症の中期だと診断されました。

それは、もう何年か前から始まっていたはずだと、言われました。

そして、もうすぐ一人では生活できなくなると言われました。それは、何年も先のことでなく、(年単位でのことではなく)もうすぐ、何ヶ月か後という単位ですよ、と

言われ私はショックを受けました。

母はそうショックでもなさそうに見え、私にはそれが救いでした。

本当はもっと早くに来るべきだったのです。本当に、早く来た方が良かったのですが、

母が、ショックを受けるのも、私は見たくなかったのです。

 

Lovely one, Your eyes are too big for your faceLovely one, Your eyes are too big for your face / Nick Kenrick.