母退院する

秋晴れの今日、母が退院できた。

良かった

まずひと安心です

一時は、胃ロウなどを言われるかと
想定したが、食べさせてもらえれば、
もぐもぐ食べて、嚥下しているとのこと。
ただしペースト食(?)だけど。

アルツハイマー中期です、と告知されてから
もうすぐ5年になるけど
施設(特養)の職員さんたちに助けられながら
寄り添って見守って行こうと思う。

特養の方たち!ありがとう 

一人っ子で、父を見送ったところですが、
母とゆるゆる がんばっていきます。

母 入院する

父の四十九日もまだすんでいない。

しかし、泡を吹いて、息をしていないということで

母が救急車で入院した。
(特養の看護師さんがどうもおかしいという事で・・・)

今は落ち着いたが、まだ心配だ。

父が亡くなったのは台風の夜だった。

おとーさん おかーさんをまだ、連れていかないで~~~

あっという間に わたしが一人ぼっちになっちゃうやん!

本格的な介護が始まってから、8月で5年が過ぎた。

ゴールは見えないと思っていたけれど

気が付いていない振りをしているけど
本当は、すぐそこ?ちょっと先?

母はもう少し頑張れるだろうか?

父の看取りとお葬式と.....
気がはっているからか
私はずっと泣いていない。

泣いたら楽になるだろうか?
泣けてきそうだけど
まだ力が入っていて、
涙が出ないのだ。

週明けに台風が来ても
お母さん!生きててよ~~!!

カラ元気でもいいから
元気を出そうと思う。

台風の時 父は息を引き取った

9月17日(日)台風18号

私達の地域を横切って行ったときのこと。

私はしばらく ボーっとして過ごしていた。

 

3分遅くて息を引き取るさいに間に合わなかった。

看取る事ができなかった・・・・

それを悔やんでグダグダしていた。

以下がその文章です。

 

台風が通り過ぎた日(9月17日)20時10分 父は亡くなりました。87歳でした。
その日,朝から病院に電話で呼ばれて、少し持ち直したので帰宅し、

呼ばれなかったが、

気になったので午後4時くらいにも病院に行きました。

台風が直撃しそうで、再度家に帰った。

19時53分にまたまた病院から電話がかかり、急いで
20時13分病院に着いたら
まだ父の身体はあたたかかったけれど、もう終わっていた。
あっけなかった
お父さん ごめんなさい・・・・・
私、油断してたわ・・・・

 

4月から毎日病院に通っていたのに
なんていうことだろう....

亡くなったこともショックだったが
看取れなかったことも、大ショックでした。
もう少し、あと1日くらい生き延びることができると
甘く見ていた自分に腹が立った。

 

夕方に病院に行った際に、いつもお話しする看護助手の人が
「○○(父)さん!私は明日休みだから
  明後日まで、頑張っててよ~ また会おうね~」
 と、寝ている父に話しかけてた....

 ううぅぅっ 恐るべし看護助手の人!!

彼女の勘を信じて、私が帰らずに病院にいればよかった、
と、何度も悔やんでいました.....

しょうがないんですけどね

ほぼ1ヶ月たち 今も風の音になんども

父の最期の夜を思い出してしまい、辛い。

明日からもっと前を向いていこう

と決めたので、Up しました。

 

 

個室から4人部屋へ

先日父は個室から4人部屋へ移れた。

(より重症の人が出たから押し出しなのかも?)

症状が少しましになったとはいえ
いつお迎えが来るかわからないと
私はこの2週間、毎日気が気ではない。

今は4人部屋にいる。

持ち込んでいるオムツのサイズ(M)が
大きすぎるようになってきたと
次からは、Sサイズにして下さいと言われる....

体重が35キロになってしまっているので
本当に痩せてしまって わたしは涙が出そうになる。
健康な時は172センチ55キロくらいでスラリとしてたんだけどねー

食事は小さいオレンジゼリーやりんごゼリー
モモゼリーなどで
それを一日に半分くらい食べれば良い方である。

あせって食べさせても
誤嚥性肺炎になるのが怖い。
誤嚥性肺炎は本人が苦しいだろうと思う。

点滴の針がもう入らないし
指先や手の甲などから点滴を入れて
(手は腫れてしまい)
なかなか落ちていかない様子である。

すべての面で詰んでいる(!?)というべきか?

少しでも長く生きていて欲しい気持ちと
矛盾した気持ちが交錯するが
父の顔を見に行かずにはいられない自分がいる。

今日は機嫌よく笑っていた父の写真を撮る事ができた。
「私がついているから大丈夫」と言ったら
「ホンマかいな~!」と
父は声をあげて笑った。

久しぶりに笑った父を見た。
今日は行って良かったと心から思った。

明日のことは、わからない。

 

あと少しかも・・・・

月曜から個室に移っている父のことで
病状説明を受けました。
口から食べることをしなくなっているので、
あと何週間か、で 最期を迎えるかもしれないと
入院先の、Drから説明がありました。

それは,来週かもしれないし再来週かも?
でも、急に訪れることもあると。

高カロリー点滴の栄養などをしないのか?という
最終確認でした。

(思わず、栄養の点滴や胃ロウに飛びつきそうになるものの
 もうずっと、この様子の繰り返しで
 父も身体がしんどそうです。)


7月31日に尿管ステントを交換して
(一旦酷くなった誤嚥性肺炎の症状をなんとか快方に向かわせて)
8月15日に急性期の病院から今の病院へ転院して来ました。
今の病院は、4月12日から7月31日までお世話になっていた病院です。

4月に初めてここへ入院した時は
まだ特養を退所せずにキープしておくように
かなり言われてこちらもそうですね というとおりしたものの
特養とは困った関係になってしまったのですが。
6月終わりに特養は退所手続きをしました。

今回の入院後、月曜日に個室に移ってから
看護師さんもみんな優しい....
というか
申し送りされているんだろうな~
携帯に注意していて下さいって
いつも言われている。

ずっと覚悟はしていたが、実際に今の状態になると
悲しい

急性期の病院から もとの病院へ転院

 とりあえず、父は病状が落ち着いたので

急性期の病院から、K病院(4月から7月までいた病院)へ

転院できた。

でも食べる量は減っているし、次回のステント交換は

微妙だと思う。

 

螺旋

父は7月31日に尿管ステント交換の処置をした。

処置は成功したが麻酔からの戻りが悪いとの説明が泌尿器科のDr.からあった。

 

その後(嚥下が衰えてしまったからか)誤嚥性肺炎と診断される。

 昨日8月4日(10ヶ月前に誤嚥性肺炎で初めて入院した時と同じ)Dr.から説明があった。

 

このまま誤嚥性肺炎を治療していく事、栄養の状況が悪くなるが胃ロウは考えないか?という事。

胃ロウの件は、10ヶ月前にも尋ねられた事の再確認のようだった。

苦しそうだが胃ロウは考えない、と私は答えた。

 

10ヶ月前と同じだが、父だけがより弱っている。

同じ事を繰り返しながら、少しずつ弱っていく。仕方ないが

悲しい。

 

急死や突然死もきっと悲しいと思うが、今の状態も十分私には辛い。